#くらす

大自然の素晴らしさと厳しさ
その中で紡ぐ豊かな暮らし

橋本美有希さん

2021.11.22

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Aエリア_日ヶ谷_養老_世屋

「宮津市の魅力」というと、「自然」という言葉を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか?市内は、山、海、田畑と、豊かな自然に包まれています。
養老地区で暮らす橋本美有希さんは、公園や都市など屋外空間を設計するランドスケープという分野を専門に学び、現在も「京都府立丹後海と星の見える丘公園」(※以後、「うみほし」)でお仕事されています。人と自然の関わりを創造するランドスケープに携わる美有希さんにとって、宮津市はどう映っているのでしょう?中山間部にあたる養老地区での暮らし、自然が持つ可能性についてお話を伺いました。

都市部と真逆の付き合い方

――宮津に移住したきっかけは?

宮津市にある「うみほし」の就職を機に引っ越してきました。私はもともと、人と自然の共生について興味があり、京都の短大を卒業後、大学に通いながら、建築事務所に居候しずっと勉強してきました。その知識や経験を公園の管理・運営に生かしたいと思ったんです。

――宮津の第一印象はいかがでしたか?

最初、長江って海沿いの地区に住んでいたんですよ。家の目の前が砂浜で、そのすぐ先に海が広がる、まるで「海の家」のような立地。下見に行った時は「え?本当にここに住めるの?」とワクワクしました。
でも、それ以上に印象的だったのが、物件より先に避難経路を説明されたこと。今まで、物件の下見でそんなの言われたことなかったから、ビックリしてしまって。ただ、よく考えると、自然が豊かだということは、それだけ土砂災害や津波のリスクがあるということなんですよね。
京都市内に住んでいた頃は、都市の中に自然を部分的に取り入れている感覚でしたが、ここは自然の中で人が暮らしている。だから、磯の匂いや波の音のように、自然を五感で感じるシーンがたくさんあって、その分、危険を伴うんだと実感しました。

――えぇ、宮津は自然の中で人々の生活が成り立っている感じですね。人工物の中に自然を取り入れる都市部とは真逆かも。

海の目の前という立地もあるんでしょうが、宮津に来た頃は夜寝る時、波の音が大きくてびっくりしました。「え、何事?」と怖くなってしまって。だけど、そもそも波は、風で海の水面が揺れる現象。これも自然の営みの一つだと気づくと受け入れられるようになりました。

――たしかに、理由が分かると怖くなくなる、ということはありますね。他にも、日常生活の中で自然の力を感じることはありますか?

うみほしで勤務していたとき、いろんなシーンで自然の力を感じていました。例えば、生物の生息環境。うみほしはもともと、薪などの木材を栽培する「薪炭林」でしたが、バブル期のリゾート開発などを経て、山の一部が荒廃してしまい生物が住みにくい環境になっていました。
2006年の開園以降は、多様な生物が暮らせる環境づくりを一つの目標に掲げ、園内整備を続けています。例えば草刈の時、長期間、花が咲くノアザミを残すことで、蝶々をよく見かけるようになり、「人が手をかけ努力すれば、自然はちゃんと応えてくれる!」と実感しました。
また、ハッチョウトンボというわずか1円玉くらいの大きさのトンボは、近年、個体数が減り京都府の準絶滅危惧種に指定されています。減少の理由の一つに挙げられているのが、生息環境が限られていること。そこで園内の湿地を定期的に整備しトンボの家を作った結果、おかげさまでトンボが暮らせる環境を安定的に維持できています。

――自然の力ってやっぱりすごいですね。

あと、もう一つは、園内整備に協力してくださる地域のシルバー世代の方のこと。みんな自然に触れると、まるで子どものように生き生きと活動されます。自分の得意分野を生かして、水車を作ったり、花壇の花を自宅から持ってきてくれたり。「次はこんなことしよう!」ってみんなで盛り上がって。
そうやってたくさんの出会いを得て、人生の大先輩のお話を聞いたり、知恵を伝授してもらったりしていると、今、生きている瞬間を大切にしようと考えるようになりました。

「生きること」への視野を広げる

――美有希さんのお話を伺っていると、自然の素晴らしさも厳しさも理解した上で、付き合っている感じがします。現在暮らす養老地区も自然豊かな場所ですが、どんな暮らしをされていますか?

養老は宮津市内でも山側で、食べ物も、人もとても豊かな場所です。今は結婚し、夫の家族と暮らしているんですが、お義母さんを含め、ここら辺の人って、自分でワカメを干してパック詰めしたり、アジのみりん干しを作ったり、藁でしめ縄を作ったり。みんな、自分でものを生み出すのがとても上手。それを物々交換し、時には販売所で売って、ちゃんとお金を得る力を持っています。

――自然の産物を上手に活用されていますね。

楽しみながら作ったものが、質がいいから人に求められ、結果的に収入になっている。お義母さんたちにとって、あるものを上手に使うのは当然のこと。生活の中に普通に組み込まれている行為だから、無理していないんです。その姿を見ていると、「生きること」への視野が広がるというのかな。生活のためにお金を稼ぐことも大切だけど、それだけじゃない、もう少し大きな意味で「お金を得る」ということを捉えられる気がします。

一人暮らしの老人のために、義母の早苗さんら地元婦人会がお弁当を作って配っているそう。
地域の助けあいが自然な形で存在しています。

――必死に働いてお金を得るというより、日々の暮らしを楽しみ、その結果お金がついてくる、という感じですね。

他にも、新聞紙を使って紙袋を作っているおばあちゃんがおられます。ちゃんと持ち手がついたトートバッグで、袋の正面にきれいな柄がくるよう、絵画やポスターの記事が配置され、とても手が込んでいるんです。丈夫で使いやすいので、販路を紹介し今後は新しい収入の形を作っていきたいと思っています。

子どもたちが健全に暮らせる環境づくりを

――現在も「うみほし」で勤務されているんですか?

今は正社員ではなく、ボランティアとして引き続き携わっています。
それ以外の時間は、「京丹後市このしろファーム」で動物の世話や馬のふれあい体験のサポート、小学校の学童保育の支援員。それから、2年前に狩猟免許を取得したので、野生鳥獣の駆除も手伝っています。

――いろんなことをなさっているんですね。

どれも将来の夢に繋がっていて、いずれは子どもたちが健全に暮らせる環境を作りたいと思っています。
丹後に来て色んな子どもたちに携わってきましたが、見ていると「僕は落ち着きがない」「私は無口で暗い」って、みんな自分で自分を「こういう人間だ」と決めつけてしまって。本来、いろんな子がいていいはずなのに、勝手に自分のことを特定のイメージでしばりつけてしまっている。子どもたちがそのイメージから解放され、自分の人生を前向きに捉えるには、まず自分と向き合う環境が必要で、その上で自然との触れ合いがとても重要だと考えています。

――自然と触れ合う中で、自分自身と向き合えるということですか?

私自身も思春期、いろいろ複雑な感情を抱えた子でした。でも当時、幼馴染と近所の放置竹林に忍び込み、竹をボーっと眺めていると、自然と気持ちが整理され、「いろいろあるけど、これが私の人生だ。頑張ろう!」って切り替えられるようになったんです。竹林を通して、自分と向き合えたんだと思います。

――自然には、私たちが想像している以上の力があるのかもしれませんね。具体的に、どんな環境を目指しているんですか?

実際、人間が自然の中にいると、野生動物を警戒し厄介者扱いしてしまうケースが多々あります。だけど動物には、人間以上に「相手の領域に踏み込んではいけない」と感じ取る力があり、互いに一定の距離以上近づくことはありません。だから人間も馬と一緒にいれば、野生のイノシシがやってきても、互いに距離を保つことができるのです。
今、ファームで馬と向き合っているのも、狩猟の免許をとったのも、こういった環境を作るため。今後は、自然の中で動物と共存し、子どもたちが自由に過ごしながら、自分と向き合い、健全に過ごせる場を作っていきたいです。

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